responsibility

responsibilityは、英和辞典で調べても、良く意味が把握できなかった言葉。
英会話学校で出てきて、使い方など理解出来た言葉で、
和訳はしづらい言葉かもしれない。
辞書では責任を負うと書いてあるけれど、それだけではなく
「あなたの仕事での役割は何ですか?」みたいな。
Dutyとの使い分けのニュアンスも今ひとつわかっていないけど。


インドのヨガでは、自分がresponsibilityがあるものとないものを探すというのが
初日の課題だった。
そして翌日、その課題発表をして、他の人のresponsibilityを聞いた。
けど、ヒンディー語を話す人がいたり、他の現地語を話す人がいたりで、
一応、英語での説明もあったけど、あまり他の人のresponsibilityは覚えていない。(苦笑)

ちなみにインドのヨガは、哲学的というか、ヨガは生き方であったりする。
日本人は議論が苦手だし、時間もないので、日本ではそういうのはほとんど行われず
アーサナ(いろいろなポーズ)だけを行うスポーツみたいになっているけれど。

先日テレビを見ていて、「がん哲学」とかいう言葉がでてきて、
がん患者でも自身の「存在意義」を見出そうというようなことだった。

がんにより、仕事が制限されても、存在意義を見出そうというような内容だった。

考えてみると「存在意義」とresponsibilityは、自分の中で似ている。
自分に責任を負うべき役割があって、そこに存在意義がある。

改めて考えてみると、今現在において私自身の存在意義は全く見出せない。

とりあえず、自分の両親を看取らなければならないな・・・と
思っていて、それだけが自分の存在意義かもしれない。
それが終わってしまえば、私の存在意義もなくなる。

そのためあまり両親には長生きしたもらいたいとは思っていなくて
おそらく両親も長生きは望んでいない。申し訳ないけど、それが現実。

そして、今、私だけでなく、夫自身も存在意義を見いだせないでいる。
職場から、退職勧奨がでる年齢となり、今年度一杯で退職すると
退職金が一番多い。つまり、「もう仕事退職したらどうですか?」と
暗に迫られている。一応、残留しても良いことにはなっているけれど、
そうすると給料がかなりカットされる。
そうかといって、退職後の仕事のあても全く無い。
数年前の世代だと、退職後の仕事もたくさんあったけど、
いわゆる団塊の世代が多かったため、そこで根こそぎ仕事がなくなった。

とりあえず、その退職金で年金生活まで切り詰めてやっていって、
その後は年金をもらう生活というのもひとつではあるけれど、
毎月かかる私の高額な医療費という問題もある。

このことだけでなく、今の職場が昨年とガラッと雰囲気も変わり、
ギスギスした職場環境になってしまったようで、それも重なり
夫の円形脱毛症が発症した。

それもあって、「もう仕事はやめたらどうか?」と私自身は思っている。

夫も、認知症の母がいるので、それを看取るという責任はあるけど、
それがなくなれば、存在意義も全くなくなる。

義母が認知症になったきっかけも、義母自身が自身の存在意義を
見いだせなくなっていたからかもしれない。
人工透析をしていた義父が存命中は、少しでも長生きして貰うために
義母は徹底的に塩分やたんぱく質などの栄養を調べた献立を立てていた。
その義父がなくなり、孫の世話に生き甲斐を見いだそうとしていたときに
孫から「おばあちゃん、もう来なくて良い」と言われてしまったらしい。
義妹宅では、家政婦を雇ったのもあり、義母が義妹宅へ行きづらくなってしまい、
義母自身の生き甲斐がなくなってしまった。そんな時期に認知症が発症した。


夫が今年度限りで仕事をやめるかもしれず、
サンドスタチンは、今年度一杯でやめようかとも悩んでいる。
生活するだけで精一杯の状況で、毎月の高額の医療費負担は大きい。
それがずっと続くようではやっていけない。
もう6年も続けたので、かなり医療費もかかっているし
それだけやれば、自分の中では十分かもな・・・と思っている。
とりあえず、病気発覚の年の目標が、昨年末までだったので、
それをクリアはしたので、当初の目標は達成。
それで満足して良いのかもしれない。

膠原病のことも、わざわざ検査するのもやめておこうかとも思う。


結局の所、夫婦揃って、社会における存在意義は
そんなレベルであるということを思い知らされた。

悩める秋。



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by zebra_queen | 2014-10-22 14:12 | つれづれ